千屋花見牛と山田方谷

肉料理が無性に食べたくなり、千屋花見牛のローストビーフを食べに新見市神郷まで妻とドライブがてら出かける事にしました。自宅の湧水も無くなっていたので食事の後、新見市大佐の「夏日の極上水」まで湧水を汲みに少し足を延ばします。新見市大佐には前回高梁市内を散策した際に気になった備中松山藩の救世主山田方谷の記念館があるので今回立寄ってみる事にします。10時20分に自宅を出発、倉敷を経由し国道180号線を北上します。

f:id:momotchi_blog:20220323180342j:plain途中新見市草間にある絹掛の滝で休憩です。

f:id:momotchi_blog:20220323180353j:plain新見市正田交差点から県道33号線(新見川上線)、441号線(神代哲多線)を乗継ぎ、13時に「夢すき公園」(新見市神郷下神代)に到着しました。今回は通行量も多く自宅から2時間40分もかかってしまいました。

f:id:momotchi_blog:20220323181108j:plain駐車場脇には白梅が咲き誇っています。

f:id:momotchi_blog:20220323180403j:plain日本一の親子孫水車が出迎えてくれました。

f:id:momotchi_blog:20220323180413j:plain「キッチン神代」で千屋花見牛のローストビーフ丼をいただきます。

f:id:momotchi_blog:20220323180427j:plainカウンターに1日6食限定の「夢すきランチ」(1,000円税込)のポップが貼ってありました。「限定」という言葉に弱い妻は、「今日はこれを食べてみた~い!」と言っています。私はいつもの「ローストビーフ丼」(1,530円税込)をオーダーしました。

f:id:momotchi_blog:20220323180439j:plain広々としたフロアーですが、今回も定番のいつもの席に座ります。

f:id:momotchi_blog:20220323180449j:plain妻のオーダーした「夢すきランチ」が出て来ました。スライス肉やサラダが乗ったワンプレートランチにハスとニンジンの金平それにスープが付いています。

f:id:momotchi_blog:20220323180502j:plainこの「夢すきランチ」の焼肉も美味しそう~

f:id:momotchi_blog:20220323180510j:plain私がオーダーした「ローストビーフ丼」も出て来ました。

f:id:momotchi_blog:20220323180519j:plain放草飼育でしっかりと脂肪を燃焼させた赤味の強い「千屋花見牛」というブランド牛を使用し、ご飯が見えない程のローストビーフが乗っていて、その上に半熟卵が乗っています。赤味の強い肉なのでローストビーフによく合うようです。

f:id:momotchi_blog:20220323180528j:plain妻が焼肉をお裾分けしてくれました。甘辛く味付けされた肉は思いの外柔らかく、とても美味しくご飯が進むようです。

f:id:momotchi_blog:20220323180538j:plain全て完食です。ごちそうさまでした。

f:id:momotchi_blog:20220323180549j:plain喫煙所でタバコを吸っていると昨年脱皮したジャコウアゲハ(麝香揚羽)の蛹《さなぎ》が一つ残っていました。ジャコウアゲハが飛び交うシーズンにもまた訪れてみたいと思います。

f:id:momotchi_blog:20220323180710j:plain駐車場に戻って来ました。これから「山田方谷記念館」のある新見市大佐へ向かうため、国道182号線で一度新見市街地まで戻ります。

f:id:momotchi_blog:20220323180720j:plain国道182号線から180号線へ乗継ぎ、新見市街地まで戻って来ました。ここから県道32号線(新見勝山線)で新見市大佐へ向かいます。

f:id:momotchi_blog:20220323180729j:plain「夢すき公園」から30分程で「山田方谷記念館」(新見市大佐小南、入館料400円)に到着しました。ここ大佐は山田方谷の母の出生地であるとともに方谷の終焉の地でもあるそうです。

ちなみに大佐は旧阿哲郡大佐町の旧町名で新見市との合併時、大字に大佐を冠したそうです。大佐には刑部《おさかべ》と小坂部《おさかべ》という同じ読みの二つの地名がありました。その所以は旧阿哲郡刑部《おさかべ》町で、1927年(昭和2年)に町制施行、1955年(昭和30年)に刑部町と阿哲郡上刑部村、丹治部村が合併し大佐町として発足、その後2005年(平成17年)新見市と合併し現在に至っています。現在の新見市大佐小阪部、大佐小南、大佐永富地区を指し、町名としての「刑部」は残っていませんが刑部郵便局やJR姫新線刑部駅などとして名残を残しています。刑部とは珍しい地名ですが、かつて日本で用いられていた部民の一つで、朝廷から特定の役割を与えられていた人々を指すそうです。現在の刑部地区には刑部と呼ばれる人々が住んでいたといわれ、かつては『刑部郷』とも呼ばれていたようです。

f:id:momotchi_blog:20220323180738j:plain入口には山田方谷のブロンズ座像がありました。

f:id:momotchi_blog:20220323180746j:plain展示ケースの中には山田方谷の手紙や書、遺髪、4歳の時に書いた「つる」の額字などが展示されていました。

f:id:momotchi_blog:20220323181337j:plainこの「つる」の文字を4歳の山田方谷が書かれたそうです。

山田方谷は1805年(文化2年)に備中松山藩領の西方村、現在の高梁市中井町西方に生まれ、1877年(明治10年)までの江戸時代末期から明治時代初期を生きた備中松山藩士の漢学者です。「至誠惻怛」《しせいそくだつ》という有名な言葉や、破綻した備中松山藩の藩政改革を断行し見事に建て直した事でも有名で、藩主板倉勝静が幕府の老中職の時にはそのプレーンとして幕政にも関与していたようです。また藩校の有終館や方谷の私塾、1873年明治6年)に再興した閑谷学校でも教鞭を執り多くの子弟を育て上げた偉大な人物だったようです。今回は館長自ら詳しく説明していただき、山田方谷についてしっかりと知識を得る事が出来ました。ありがとうございました。

しっかりと山田方谷について勉強させていただいたので、これから「夏日の極上水」に湧水を汲みに向かいます。

f:id:momotchi_blog:20220323180821j:plain新見市大佐上刑部の「夏日の極上水」に到着しました。持参した容器にいっぱい美味しい湧水を汲みました。この後大佐小坂部まで戻り山田方谷所縁の「方谷園」に立ち寄ってみます。

f:id:momotchi_blog:20220323180836j:plainJR姫新線刑部駅から800m程北に位置する「方谷園」に到着しました。

f:id:momotchi_blog:20220323180919j:plain方谷園は1664年(寛文4年)から200年余り旗本水谷家の小坂部奉行所が置かれた場所で、代官の陣屋があったそうです。

f:id:momotchi_blog:20220323180855j:plain「小坂部陣屋跡」の石碑がありました。

f:id:momotchi_blog:20220323181224j:plain1870年(明治3年)に山田方谷高梁市中井町から移り住み陣屋跡を改築し私塾小坂部塾を開いた場所です。方谷終焉の場所には門人たちが高さ7.3mの石碑を建立し、その石碑正面の題字は勝海舟が揮毫《きごう》されたそうです。

f:id:momotchi_blog:20220323180958j:plain帰路は県道58号線(北房川上線)から、前から気になっていた広域農道カルスト地区(阿新地区)を走ってみる事にします。

f:id:momotchi_blog:20220323181010j:plain県道320号線(若代方谷線)との共用区間の58号線を直進し広域農道を目指します。

f:id:momotchi_blog:20220323181021j:plain新見市豊永赤間地区で県道320号線、58号線の供用区間から別れ広域農道カルスト地区に入ります。この広域農道は名前を聞いただけでワクワクしてきます。

f:id:momotchi_blog:20220324104906j:plain一度別れ、大きく迂回してきた県道320号線が豊永赤間木村地区ですぐ近くまで戻って来ています。

f:id:momotchi_blog:20220324104935j:plain新見市草間土橋寺内地区で県道50号線に交差しました。ナビは右折し県道50号線を走るよう案内していますが、私は左折し広域農道の終点草間大原地区を目指します。

f:id:momotchi_blog:20220324104949j:plain新見市草間二ツ木地区を快走します。

f:id:momotchi_blog:20220324105001j:plain新見市草間大原地区で、草間土橋地区を迂回して来た県道50号線に再び合流しました。この交差点を左折し県道50号線で新見市井倉へ向かいます。

f:id:momotchi_blog:20220324105012j:plain途中新見市草間にある「草間自然休養村」のカルスト展望台に立ち寄ってみました。休暇村センターはかなり荒廃しているようで、奥に建つバンガローやテニスコートなども現在は使用されていないようです。これだけの施設なのにもったいない気がします…

f:id:momotchi_blog:20220323181034j:plain駐車場に車を置き展望台にやって来ました。眼下には岡山県高梁川上流自然公園の展望が開け、井倉洞入口や井倉の街並み、曲がりくねった高梁川が望めます。

f:id:momotchi_blog:20220323181048j:plain左下には井倉洞に架かる橋梁も見えています。

f:id:momotchi_blog:20220323181057j:plain伯備線出雲市行き特急やくもが通過して行きます。しっかりと素晴らしい展望を楽しむ事が出来たので、国道180号線まで下り帰路に就きます。

久しぶりに千屋花見牛のローストビーフを堪能し、備中松山藩の救世主でもある山田方谷について色々と学び、今迄気になっていた広域農道カルスト地区を走り、高梁川上流自然公園の素晴らしい展望も楽しむ事も出来ました。夏日の極上水もしっかりと汲んで帰ったので、またしばらく美味しいコーヒーを楽しむ事が出来そうです。今日はとても有意義な一日を過ごす事が出来、大満足な一日でした。また機会を作って広域農道カルスト地区をバイクで走り抜けてみたいと思います。

 

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