11月に入り気候も良くなってきたので、久しぶりに片鉄ロマン街道を走ってみる事にしました。このコースは何度か走っていますが今回は4~5年ぶりで、EIZER M300では始めての走行になります。昨日、車にM300の積み込みを終え準備完了、スタート地点の備前市サイクリングターミナル(備前市西片上)に向け自宅を予定より30分遅れの9時過ぎに出発し10時前に到着、M300を降ろし出発準備を始めます。
片鉄ロマン街道のパンフレットにあったルート図です。片鉄ロマン街道は、岡山県道703号線(備前柵原自転車道)の愛称で、片上鉄道跡地の旧片上駅(備前市西片上)~旧柵原駅(久米郡美咲町《旧柵原町》吉ヶ原)間33.8㎞の一部区間を除く鉄道跡を自転車歩行者専用道して2003年(平成15年)に整備されたものです。片鉄ロマン街道の備前市側のスタート地点は旧片上駅から1km程進んだ市街地外れにある山陽新幹線の高架下、終着点は旧柵原駅の一つ手前の旧吉ケ原駅(久米郡美咲町吉ヶ原)になり、総延長は34.2km、コースの殆どが鉄道跡地という事で急な坂も無くとても走りやすいコースです。終点の旧吉ケ原駅では往時を偲ばせる片上鉄道の車両たちが出迎えてくれ、隣接している「柵原ふれあい鉱山公園」には柵原鉱山の歴史や当時の様子などを見る事が出来る柵原鉱山資料館などもあります。
片上鉄道は同和鉱業㈱(現、DOWAホールディングス㈱)の鉱山鉄道として1923年(大正12年)に片上駅~和気駅間が開通し、1931年(昭和6年)に柵原駅までの全線が開通しました。開通以前は柵原鉱山で産出された硫化鉄鉱は吉井川の高瀬舟で輸送していましたが、片上鉄道開通以降は片上港まで貨物輸送すると共に旅客輸送も行われ地域住民の足として活躍していました。しかし、時代変化に伴い1991年(平成3年)に惜しまれながらも廃線となってしまいました。当時友人たちと廃線の少し前にこの片上鉄道に乗りに来た事をふと思い出しました。
今回のスタート地点となる備前市サイクリングターミナルは片鉄ロマン街道の始発点である山陽新幹線の高架から1km程北上した東備消防組合消防本部の前になります。
出発の準備ができました。10時20分出発します。片鉄ロマン街道のスタート地点は山陽新幹線の高架下ですが、今回はここからスタートし、戻って来て時間があればスタート地点まで行ってみる事にします。
ポタリング ♪♪ ポタリング ♪♪ ゆっくり、のんびり走りま~す!
スタート場所から上り坂です。ただ鉄道路線跡なのでさほどの勾配ではありません。
坂の前方に峠清水トンネルが見えて来ました。
片上鉄道の一番の難所であった清水峠にある峠清水トンネルに入ります。
全長200m程の峠清水トンネルを抜けると緩やかな下り坂が続きます。
キンモクセイの甘い香りを感じながら走っていると前方に清水駅跡が見えて来ました。
清水駅跡までは旧片上駅から4.1km、備前市サイクリングターミナルからは2.2kmでした。
左手に初瀬池があるはずですが、草木が茂り沿道からは見る事ができません。
田園の中を進みます。
柿の実がたわわに実っていました。
中山駅跡(和気郡和気町大中山、片上駅から5.7kp)に到着しました。駅名標のレプリカが設置されていますが、以前走った時には何も無かったように思います。
この旧中山駅から少し入った所には1971年にオープンした「中山サーキット」があります。中山サーキットは日本自動車連盟(JAF)の公認サーキットコースとして、鈴鹿サーキット、富士スピードウェイ、筑波サーキットに続き日本で4番目にオープンした長い歴史があるサーキットだそうですが、現在も現役で活躍しているのでしょうか?
所々に「片鉄ロマン街道」の路面表示があります。
山陽自動車道の高架が見えて来ました。左側に和気ICがあります。
国道374号線と並走します。前方に和気富士(標高172.8m)や和気アルプスと呼ばれる山々が見えて来ました。
国道374号線と別れ片鉄ロマン街道は和気市街地に入ります。
JR和気駅(和気郡和気町福富、片上駅から8.6km)に到着しました。「1/2 7」(7.5kp)の距離標のレプリカが設置されています。このkpは片鉄ロマン街道のスタート地点からの距離のようで500m毎に設置されています。
片上鉄道の和気駅ホームは当時JR線の南東隣りにあり、この駅で山陽線との乗換が出来ていましたが、その面影は全く見る事は出来ません。
先ずは山陽線を越えます。
金剛川を渡り片鉄ロマン街道から外れ北岸を少し東に進んだ場所から全長103mの金剛川橋梁を見た様子です。
片鉄ロマン街道に戻り進みます。
本和気駅跡(和気郡和気町和気、片上駅から10.1kp)に到着しました。跡地には駅名標のレプリカが設置されています。
帰宅後古い地図を見ていると本和気駅は前方に見える大きな建物(北川病院)の北側にあったようです。駅名標のレプリカが設置されている場所と実際に駅があった場所とは異なるようです。
民家の軒先には八朔でしょうか? しっかりと実を付けていました。
和気市街地を抜けると貨車が見えて来ました。路面には「湯郷温泉31km」、和気、片上方面には「和気」という路面表示がありました。
当時の物でしょうか、貨車と腕木式信号機がありました。
益原駅跡(和気郡和気町益原、片上駅から11.6kp)に到着しました。ここにもレプリカの駅名標が設置されていますが、古い地図を見ていると実際の駅跡はここから500m程北に進んだ場所にあったようです。
益原駅跡を出発します。
沿道にはラベンダーが植えられていました。5月頃に走るとラベンダーの綺麗な紫色といい香りが楽しめそうです。
緩やかな坂を上っていると、新田原井堰が見えて来ました。
緩いながら上り坂が続きます。
新田原井堰(和気郡和気町田原上)です。
田原井堰は閑谷学校や後楽園を手掛けた津田永忠が約300年前に築造したのが始まで、長い年月で老朽化が進み、1965年(昭和40年)頃からは水利用が増えた事で水不足が生じてはじめてきた事もあり、国営事業として1986年(昭和61年)に現在の新田原井堰が完成したそうです。
新田原井堰を過ぎ、しばらく進むと天瀬駅跡(和気郡和気町《旧佐伯町》岩戸、片上駅から14.5kp)に到着しました。ここでしばらく休憩します。
片上鉄道当時の駅舎がそのまま残されています。
駅舎内は休憩出来るように改修されています。
休憩を終え出発します。
天瀬駅の先に和気、片上方面への信号機が残されていました。
木々の間を走り抜けます。
天神第一トンネルが見えて来ました。トンネルは天神第一と天神第二トンネルと連続して続きます。
天神第二トンネルを抜けると吉井川の展望が一気に開けました。
吉井川の左岸に岩戸地区が見えて来ました。
古い地図で河本駅を確認すると、国道右下に屋根が見えている建物が現在の河本コミュニティハウスですが、その付近が旧河本駅(和気郡和気町岩戸、片上駅から16.3kp)だったようです。
岩戸地区を抜けると国道374号線を横断します。古い地図では、当時片上鉄道は河本駅の北側で跨線橋を潜って河川敷に出ていたようです。
片上鉄道は国道より低い吉井川の河川敷を走行していたようです。
当時の陸閘門《りくこうもん》がそのまま残されています。陸閘門とは、堤防にゲートを設け通常時は開けたままの状態で運用し、増水時にゲートを閉めて水の流入を防ぐ施設です。
陸閘門には片上鉄道のレールがそのまま残されています。
先に進みます。
低い堤防に上ると、すぐに下りになりました。
信号機の跡でしょうか?
少し進むと信号機が残されていました。
その信号機をアップにしてみました。四灯式のようです。
備前矢田駅跡が見えて来ました。古い地図を見ると駅舎は右側にあったようですが、現在は住宅地になっていました。
備前矢田駅跡(片上駅から18.3kp)に到着しました。この駅は旧和気郡佐伯町矢田にありました。
戦国時代、浦上宗景が町の南に天神山城を築き、毛利元就と同盟を結び一時期、備前国や美作国の支配権を握った事もあったようです。また、江戸時代には吉井川の高瀬舟の寄港地となり佐伯地域は栄えていたようです。
備前矢田駅跡を出発します。
ホーム跡の先に信号機がありました。
二灯式信号機と踏切作動反応灯(踏切表示灯)がそのまま残されています。
1km程進むと再び国道374号線を横断します。当時片上鉄道はそのまま直進し右奥の自歩道標識辺りに繋がっていたようです。
交差点手前の吉井川ではシラサキギが羽を休めていました。
国道を横断し先に進みます。
この付近で直進する片上鉄道を国道が跨線橋で左奥から右手前に越えていたようです。
国道より少し高い場所を吉井川沿いに走ります。
沿道に黄色い果実がたわわに実る樹木がありました。
果実の尻部が少し出ていますが、これは何という品種でしょうか?
先に進みます。
苦木駅跡が見えて来ました。
苦木駅跡(和気郡和気町苦木、片上駅から22.2kp)に到着しました。前方にホームと駅舎跡が見えます。この駅は2面2線の構造のようです。
駅舎跡まで移動してきました。この駅舎も当時のまま残されています。ここでしばらく休憩します。
この駅舎内も休憩出来るように改修されていました。
駅舎入口に花が飾られています。地域の方々が協力されて保全活動をしてくださっているようです。
休憩を終え出発します。
苦木地区を抜け塩田地区に入ると前方に杖谷駅跡が見えてきました。
杖谷駅跡(和気郡和気町苦木、片上駅から24.2kp)に到着です。
後方の建物は和気町のごみ処理施設のようです。撮影を終え出発します。
しばらく進むと国道脇に塩田コミュニティセンターがあり、この付近が備前塩田駅跡(和気郡和気町塩田、片上駅から25.5kp)ではないかと思います。しかし駅跡と言ってもここには何も残ってい無いようなのでさらに進みます。
今回撮影し忘れたので前回撮影した写真です。塩田駅跡から吉井川橋梁跡に向かう区間です。
片鉄ロマン街道は鉄道跡地を離れ国道374号線沿いに進むルートに変わります。備作大橋で吉井川を渡り和気郡和気町《旧佐伯町》から赤磐市稲蒔《いなまき》地区に入りました。備作大橋という名前から備前の国から美作の国に入るのかと思いきや…… まだ備前の国でした。
備作大橋を渡ると備前福田駅跡に到着しました。
この場所には駅名標など鉄道関連施設や駅舎に似た建物等がありますが、前記のとおりこの場所は鉄道跡地ではありません。説明板によると旧備前福田駅(赤磐市《旧赤磐郡吉井町》福田、片上駅から27.2kp)から鉄道関連施設を移設しこの場所に設置しているとの事です。しばらく休憩し出発します。
吉井川の支流高田川を渡ります。前方に「片鉄ロマン街道 ⇨」の案内板が見えています。
右折し堤防の上に整備された片鉄ロマン街道を進みます。右前方に先程渡った備作大橋が見えています。
しばらく進むと第一吉井川橋梁跡の基礎が見えてきました。この奥に備前塩田駅がありました。
第一吉井川橋梁跡の西側には鉄道跡地が残されていて、一般道として使用されているようです。
堤防の上に整備された片鉄ロマン街道をそのまま進みます。
片鉄ロマン街道沿いにはコスモスが咲いていました。また桜も植えられていて春に走ると見事な桜並木を楽しむことが出来そうです。
周匝《すさい》市街地の後方には周匝茶臼山城が見えています。
少し進むと、国道374号線の交差点が見えて来ました。片鉄ロマン街道は右折し国道374号線に沿って周匝橋を渡ります。
今回私は直進し、前方に見えている橋を渡ります。
その橋との交差点から見た南方向の様子です。直進してきている道路(右側)が片上鉄道の跡地なのです。
第二吉井川橋梁跡に新たに架けられた自歩道専用橋です。橋名は「飯岡《ゆうか》橋」というそうです。
飯岡橋を渡り備前の国から美作の国に入り、片鉄ロマン街道の交差点に出ます。片上鉄道は直進し、その少し先には美作飯岡《ゆうか》駅跡が見えています。
アップにしてみました。今回は美作飯岡駅跡には立ち寄らず、交差点を左折し片鉄ロマン街道を進みます。
前回訪れた際の美作飯岡駅跡(久米郡美咲町《旧柵原町》飯岡《ゆうか》、片上駅から29.6kp)です。この駅も2面2線の構造のようです。
同じく前回の写真ですが、美作飯岡駅跡の北側にある踏切跡には脱線防止ガードが残されています。
片鉄ロマン街道は県道26号線(津山柵原線)を横断し、県道沿いに吉ケ原に向かいます。
10分程進むと吉ケ原に到着、キハ312が出迎えてくれました。ここが片鉄ロマン街道の終点になります。
少し進むと吉ケ原駅跡に到着します。柵原鉱山資料館に入る踏切から吉ケ原駅舎をバックに撮影しました。
振り返って撮影しました。左に柵原鉱山資料館、奥に先程のキハ312が見えています。
駅構内の様子です。客車のホハフ2003、気動車のキハ303、その奥にキハ702。左奥には入替機関車と貨車も見えています。線路の奥には見えづらいですがDD13-5511も停車していました。
14時少し前、吉ケ原駅跡(久米郡美咲町《旧柵原町》吉ヶ原、片上駅から32.5kp)に到着しました。スタート時間も遅れた事もあり予定より1時間遅れです……
区間距離32.7km、平均速度15km、所要時間3時間半強……
ポタリング ♪♪ ポタリング ♪♪ ゆっくり、のんびり楽しみながら走って来ました。
当時の物と思われる駅名標。
駅舎内より改札口の様子です。
駅の窓口・・・ 駅舎内は当時の面影が色濃く残っています。
柵原駅の正面入り口です。三角屋根の木造駅舎は片上鉄道独特の特徴ある印象的な建物です。
吉ケ原駅舎跡は2006年3月2日に、登録有形文化財に登録されています。
吉ケ原での時間を少し短くしましたが、予定より1時間近く遅れています。これから帰路に就きますが、帰りはあまり寄り道しないように、休憩も程々に走りたいと思います。
時間は14時20分、50分遅れでスタートします。
第二吉井川橋梁跡の飯岡橋を渡りました。帰りは直進し片上鉄道跡地を走ります。
国道374号線との交差点です。
周匝駅跡(赤磐市《旧赤磐郡吉井町》周匝)付近です。片上駅から28.5kp付近)
左側の材木店の倉庫付近に周匝駅舎があったと思われます。
田園の中を走ります。
吉井川支流の滝山川の堤防に突き当たりました。左折し近くの橋を渡ります。
橋の袂ではヤギが餌を食べていました。
滝山川を渡り対岸の元の場所付近迄戻って来ました。北東側には先程走って来た旧路線跡の道路が見えています。
南西方向には鉄道跡らしく直線の道路が延びています。
その先の右側に少し広くなった付近が備前福田駅跡(赤磐市福田、片上駅から27.2kp)ではないかと思います。
備前福田駅跡を抜け、そのまま直進します。
しばらく進むと、路線跡の道路は左に緩やかに曲がって行きます。
そして吉井川の堤防に突き当りました。
第一吉井川橋梁跡の基礎が連なっています。片鉄ロマン街道は右奥の備作大橋を迂回しています。
第一吉井川橋梁跡の基礎の先に備前塩田駅跡があります。
片鉄ロマン街道は国道374号線に合流後、左折し高田川を渡ります。
備前福田駅を模した休憩施設でしばらく休憩します。行く時にお会いした兵庫県たつの市から来られたという方と再びこの場所で偶然再会しました。話をしていると、道を間違えて散々走った末、結局吉ケ原まで行く事が出来なかったそうです。地図を見ながらコースを説明させていただくと、すぐ近くまで行かれていたようです。また出直してきます…… と少し残念そうでした。
コースを間違われた方もおられたので、パンフレットの赤磐市周匝周辺に青字で追記しました。
◎ 注意場所については、私も初めて走った際少し考えた場所でした。吉ケ原方面に行く場合、周匝橋の手前に案内板があるので確認し、国道374号線を横断した後周匝橋を渡ってください。周匝橋を渡りきるとすぐに左折し堤防沿いに曲がる案内板があるので見落とさないようにしてください。案内板が小さく一つ見落とすと後が無いので特に注意が必要なように思います。
◎ 青色ラインは片上鉄道の跡地です。現在は一般道として使用されているため走行する場合は注意が必要です。
※ 第一吉井川橋梁部は吉井川に橋が無いため走行できません。
鉄道好きの方には、往路または復路で片上鉄道跡地を走って周匝駅跡や備前福田駅跡を走るコース、飯岡橋を渡る「近道」コース、飯岡駅跡に立寄ってみるのも私のお勧めです。
水分補給とタバコ補給をしながらしっかりと休憩し出発します。
苦木駅跡が見えて来ました。
苦木駅跡は通過します。
備前矢田駅跡が見えて来ました。
備前矢田駅跡も通過です。
県道53号線(御津佐伯線)の佐伯大橋が見えて来ました。片鉄ロマン街道はその下を潜ります。
陸閘門が見えて来ました。
国道374号線を横断し、国道沿いに河本駅跡を通過します。前方に浦上宗景が築いた天神山城のあった天神山が見えています。
その麓にある第二天神山トンネル、第一天神山トンネルを走り抜けます。
しばらく進むと天瀬駅跡に到着しました。ここでまた休憩を取ります。
さすがに久しぶりのポタリングで、足腰に違和感を感じ始めました。一休み一休み……
あまり無理をせずのんびりと走ります。
山裾から離れ田園の中を走ります。左前方に鵜飼谷温泉が見えてきました。疲れた体には温泉は最高のなのですが……
益原駅跡を通過します。
本和気駅跡も通過です。
16.0‰(パーミル)勾配標がありました。この勾配標は当時の物なのでしょうか?
ちなみに、16.0‰とは、1,000m進んで16m上るそうで、道路でいう1.6%と同じ勾配になります。片上鉄道の最大勾配は片上駅~清水駅間にあり28.6‰と一番の難所だったようです。
余談になりますが、箱根の山は天下の険と言われた箱根の外輪山を登る箱根登山鉄道は、3ヶ所のスイッチバックがあるにも拘らず80‰という国内鉄道最大勾配を上っています。考えてみると8%勾配はスキー場では割と緩い勾配なのですが普通の列車では限界に近い急勾配のようです。
JR和気駅を通過します。
山陽自動車道の高架を潜ります。
中山駅跡も通過します。
清水峠に入ります。
緩やかな上り勾配が続きます。
清水駅跡に到着しました。残り2km程ですが無理をせずここで少し休憩を取ります。片鉄ロマン街道の始発点まで行く事は時間的も体力的にも少し厳しいようです。水分補給とタバコも吸って出発します。
また緩やかな上り勾配を上っていると、峠清水トンネルが見えて来ました。
沿道には応援するかのようにススキも揺れています。
峠清水トンネルに到着しました。後は下るだけです。
備前市サイクリングターミナルが見えて来ました。時間があれば片鉄ロマン街道の始発点まで行ってみたかったのですが、今回は遅くなったのでここで切り上げます。
17時前、備前市サイクリングターミナルに無事到着しました。復路の走行距離は32.5km、平均速度18km/h、所要時間は2時間40分。総走行距離は65km、往復の平均速度は16.5km/hでした。
前回はこの区間を復路2時間強で走っていたのでかなりのペースダウン……
クロスバイクからミニベロに変わった事もさることながら、5年間の間にかなり体力が落ちたのも影響しているのかも知れません。確かに休憩回数や休憩時間も多かったように思います。
ポタリング ♪♪ ポタリング ♪♪ ゆっくり、のんびり楽しみながら完走しました。I'm happy めでたし めでたし!
車にM300を積込み帰路に付きます。
今回思っていた以上に時間がかかってしまい終着点の吉ケ原でのんびりとする事が出来ず、片鉄ロマン街道の始発点にも行く事も出来ず少し残念でしたが、のんびりと、とても気持ちよくポタリングを楽しむ事が出来ました。また機会を作って走りに来てみたいと思います。